睡眠について
ノンレム睡眠とレム睡眠:小山純正
- 1. 2つの睡眠
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睡眠は、ノンレム睡眠とレム睡眠という2つの睡眠段階に分けられる。睡眠・覚醒の状態は、脳波、筋活動、眼球運動によって判定される。図1に示すように、覚醒している時は、小さな速い揺れの波(速波)が現れる。これは、大脳皮質が活発に活動している状態を反映している。安静時やリラックスしている時には8~13Hzのアルファ波が現れ、注意集中している時はもう少し早い、14~30Hzのベータ波が現れる。眠りに入ると、ゆっくりとした脳波が観察されるようになる。ヒトの場合、ノンレム睡眠は、眠りの深さに応じて、3つ(N1, N2, N3)あるいは4つ(段階1, 2, 3, 4)に分けられる。うとうとの状態(N1あるいは段階1)では、アルファ波より少しゆっくりとした4~7Hzのシータ波が現れる。筋活動は徐々に低下し、重い頭を支えられなくなって居眠りが始まる。眠りが進み、N2あるいは段階2になると、紡錘波やK複合波といった、特徴的な脳波が現れる。さらにゆっくりとした1~3Hzのデルタ波が現れ、もっとも深いノンレム睡眠(N3あるいは段階3, 4)では、大きなデルタ波(徐波)がほとんどの時間を占めるようになる。このような睡眠を徐波睡眠ともいう。ノンレム睡眠中は、筋活動に加え、心拍、呼吸、体温など自律神経系を介したさまざまな生理活動は低下し安定する。これは、身体が休息状態にあることを反映している。デルタ波は、大脳皮質の活動の低下を反映しており、ノンレム睡眠中は脳も休息していると言える。それに対してレム睡眠中は、脳波には覚醒中と同様小さな速波が現れる。筋活動は全く消失し、眼球が頻繁に動く。レム睡眠の”レム”は、英語の急速眼球運動(Rapid Eye Movement)の略語である。イヌやネコが眠っている時、瞼の下で眼球がピクピク動いているのは、彼らがレム睡眠中だからである。血圧、呼吸、心拍などの活動は、ノンレム睡眠中と異なり、大きく変動する。睡眠中の様々な生理機能の変化については、「眠りの深さと生理機能の変化」の章を参照して欲しい。レム睡眠中には夢を見ていることが多いが、ノンレム睡眠中にも夢は見る。夢については「睡眠と夢」の章を参照してほしい。睡眠中にもかかわらず脳は活動しているという逆説的な状態にあるため、レム睡眠は、逆説睡眠ともいわれる。
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図1 覚醒・睡眠中の脳波、眼球運動、筋電位
Rechtschaffen and Kales編 1968より改変
一晩の睡眠の経過を図2に示す。睡眠が始まると、先ず浅いノンレム睡眠が起こり、徐々に深いノンレム睡眠に移行する。ノンレム睡眠の後にレム睡眠が続く。ヒトの場合、ノンレム睡眠/レム睡眠のサイクルは約1.5時間であり、一晩の睡眠中にこのサイクルを4~5回繰り返す。正常な睡眠では、睡眠開始直後に深いノンレム睡眠が生じ、睡眠が進み明け方になると、ノンレム睡眠はやや浅くなり、レム睡眠の持続時間は長くなる。高齢になると、入眠初期の深いノンレム睡眠は起こらなくなり、その後も浅い(N1, N2の)ノンレム睡眠が増え、夜中に覚醒することが多くなる。明け方も早く目覚めてしまい、睡眠時間も短くなる。夜の睡眠が不充分のため、昼間も強い眠気を催しやすくなる。生まればかりの乳児は1日に16~17時間眠るが、そのうちレム睡眠に相当する動睡眠が大半を占める。睡眠の発達については、「睡眠の発達」の章を参照して欲しい。
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図2 健康な人の一晩の睡眠経過図
Dement and Kleitman 1957より改変
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- 2. 睡眠の調節機構
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睡眠中、脳は全て休息状態にあるのではなく、その一部は睡眠を開始し維持するため積極的に活動している。ノンレム睡眠は、脳の底の方にある小さな部位(視床下部)の前部で調節される。視床下部前部には、ノンレム睡眠中に活発に活動する神経細胞(睡眠ニューロン)が存在する。レム睡眠は、脳幹(中脳やその後方の橋(きょう)を含む領域)によって調節される。この部位には、レム睡眠の発現や維持に関連するニューロン、眼球運動や筋肉の脱力など、レム睡眠中の様々な現象を引き起こすニューロンが存在する。覚醒は、視床下部の後部や脳幹のニューロン(覚醒ニューロン)によって調節される。睡眠ニューロンは、ギャバ(GABA)やガラニンといった抑制性の物質を放出して覚醒ニューロンを抑制し、覚醒ニューロンはオレキシン、ヒスタミン、ノルアドレナリンなどによって大脳皮質を活性化(覚醒)させると同時に、睡眠ニューロンを抑制する。このよう、睡眠ニューロンと覚醒ニューロンがお互いに抑制の関係にあることにより、睡眠(覚醒)から覚醒(睡眠)へ移行が速やかに起こり、安定した睡眠(覚醒)状態が保たれる1)。
- 3. 睡眠の役割
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脳や身体の休息以外にも、睡眠には様々な役割がある。睡眠中には、身体に有益な様々な物質が分泌される。睡眠の初期(最初の深いノンレム睡眠が起こるとき)には、成長ホルモンの分泌が増える。成長ホルモンは、骨や筋肉の発達を促すことから、この現象は、「寝る子は育つ」という諺の生理学的根拠にもなっている。成長が止まった成人に対しても、成長ホルモンは、さまざまな物質や細胞の代謝を促進するため、傷の修復、肌のつやつやの維持にも効果がある。睡眠の終期には、コルチゾル(副腎皮質ホルモン)の分泌が増える。コルチゾルは、ストレスによって分泌が促進され睡眠の抑制作用を持つが、睡眠終期の分泌増加は、朝の目覚め、睡眠・覚醒のリズムのリセットに働く。
ノンレム睡眠中には、覚醒中に脳に溜まった老廃物が除去される。脳の細胞が排出する老廃物は、脳の細胞の隙間(細胞外スペース)を流れて血管(静脈)の周囲から脳の外に排出される。ノンレム睡眠中はこの細胞外スペースが広がって、老廃物の除去がスムースに行われるようになる。 アルツハイマー症の脳に多く見られるアミロイドβタンパク質も、ノンレム睡眠中に、より効果的に除去される2)。十分な睡眠は、起きているときの腦の状態をクリアに保つのみならず、認知症の予防効果もあるようである。
睡眠は、学習した事柄の記憶の形成やその定着を促進する。ノンレム睡眠中のデルタ波や紡錘波は記憶の定着に需要な役割を果たす3)。海馬は記憶の形成に重要な部位であるが、海馬のニューロンの一群は、覚醒時にある場所で選択的に活動して、その場所の学習・記憶に関与する。このニューロンは、ノンレム睡眠中に覚醒時と同様の活動を繰り返す。覚醒時に学習した時の活動をノンレム睡眠中にも繰り返すことにより、記憶の定着をより確かなものにすると考えられている。ノンレム睡眠中に覚醒中の学習に関連する活動パターンを繰り返すニューロンは、大脳皮質など、脳の他の部位でも観察される3)。レム睡眠中には、海馬でシータ波が発生する。レム睡眠中のシータ波も、記憶の形成、定着に重要な役割を果たす3)。レム睡眠は、それに続くノンレム睡眠(デルタ波)の発生を促すことから、ノンレム睡眠を介して記憶の定着に寄与するとも考えられている4)。一方、レム睡眠中には、視床下部のニューロンを介して、記憶の消去がおこなわれることも報告されている5)。このように、レム睡眠が学習や記憶に関与することは明らかになってきたが、それ以外のレム睡眠の役割については、あまり良くわかっていない。
- 4. 睡眠の進化
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ノンレム睡眠とレム睡眠は、さまざまな哺乳類と鳥類で見られる。一部の爬虫類(トカゲ)や魚類、無脊椎動物のタコも、ノンレム睡眠とレム睡眠に類似した2つの睡眠状態が報告されている6,7)。脊椎動物のみならず無脊椎動物においても、レム睡眠には共通の役割があるのかも知れない。一方、ノンレム睡眠様の状態は、昆虫(ショウジョウバエ、カイコなど)や線虫、脳のないクラゲ、ヒドラなどでも観察されている8,9)。マウスによる遺伝学的アプローチにより、ノンレム睡眠を促進する遺伝子 (Sik3) が発見されたが、ショウジョウバエおよび線虫も同様の遺伝子を持つことが明かになった2,9) 。ノンレム睡眠は、睡眠の原型として系統発生学的に非常に古い動物から進化してきたと考えられる。
- 文献
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- 1) 小山, 2017: 睡眠・覚醒の制御機構. 医学の歩み 263巻9号, 703-710.
- 2) 船戸, 2017: ノンレム睡眠の役割.医学の歩み 263巻9号, 728-732
- 3) 小柳・坂口, 2020: 睡眠と記憶. 睡眠学 (第2版),日本睡眠学会編. 218-221.
- 4) 高木・林, 2017: レム睡眠の神経基盤,生理的意義および進化.医学の歩み 263巻9号,740-746.
- 5) 山中, 2022: レム睡眠における記憶の消去.実験医学40巻11号,1713-1718.
- 6) 羽鳥・乗本, 2022: 睡眠の進化史上における爬虫類の位置付け. 実験医学40巻11号, 1719-1723.
- 7) タコも夢を見ている? 人間のように睡眠が二段階あると判明. ナショナルジオグラフィック, https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/23/092100488/
- 8) 金谷・伊藤, 2022: ヒドラが解き明かす睡眠の進化的起源.実験医学40巻11号, 1724-1729.
- 9) 河野・林, 2020: 睡眠の進化—線虫に注目して. 生体の科学 71巻1号, 23-26.