睡眠について

睡眠障害の症状:本多真

 睡眠障害=不眠症、あるいは睡眠障害=睡眠時無呼吸症候群と捉える人もあるが正しくない。現在睡眠覚醒障害として60種類以上の疾患が分類・定義され、多彩な症状がその診断基準に記述されている。ここでは1睡眠の量的問題、2睡眠を妨害する諸事象(睡眠の質的問題)、3睡眠中に生じる異常行動・随伴症状(睡眠覚醒移行の問題)、4覚醒中の問題に大別して疾患横断的に症状を概説する。

1. 睡眠の量的問題

 睡眠量の短縮は不眠症状(入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒)や睡眠不足(適切な睡眠機会がない/あっても取らない)際に生じる。急性の入眠障害が不安やストレス時に生じるのはよく体験されることである。慢性的な入眠障害は様々な場合に生じ、「今夜もまた眠れないかも」と眠ること自体を心配する不眠障害や悪夢障害、下肢の不快な感覚が臥床すると増強し足を動かしたい衝動が生じるむずむず脚症候群、内因性概日リズム(体内時計)がずれ、望ましい就寝時刻から遅れて睡眠が生じる睡眠覚醒相後退障害などが多い。中途覚醒や早朝覚醒の背景となる病態も多彩で、(特に抑うつ状態を併存する)不眠障害の他、夕方以降の昼寝や臥床時間過剰など不適切な睡眠習慣や不適切な睡眠環境に伴うもの、後述する睡眠妨害事象や睡眠中の異常行動に伴って生じる場合がある。睡眠不足は社会的問題であり、学業・仕事・育児などの要請で眠る機会が制限される場合と、趣味等を優先し睡眠機会があっても眠ろうとしない場合がある。睡眠不足で起床困難を伴う場合も多い。なお意図的ではなく体質的な睡眠欲求減少する(睡眠5時間以下)短時間睡眠者も存在するが、これは正常範囲とされる。

 一過性の睡眠量増加は、慢性睡眠不足の後(睡眠負債蓄積時)や高熱などの身体疾患時に多くみられる。慢性的な睡眠量増加は過眠症状の一つで、特発性過眠症の典型例やクライネ-レビン症候群の過眠期には一日12-20hrに及ぶ睡眠時間遷延が継続して認められる。睡眠は食欲と同じ基本的欲求であり、心身の回復に必要な睡眠が充足されればそれ以上眠れないのが通常であるが睡眠遷延継続例は異なることになる。また概日リズム睡眠覚醒障害例で、日中が体内時計では睡眠時間帯となる時期に極端な睡眠遷延が生じる場合がある。その他睡眠妨害事象や睡眠中の異常行動による夜間睡眠の質的低下の結果として臥床時間が延長すること、鎮静作用のある薬物使用で睡眠量が増加する場合もありうる。

 過眠症で睡眠量が極端に増加する場合は、覚醒時に熟睡感はなく(睡眠回復感の欠如)、頭と体がきちんと活動できるまでに時間がかかり、時に睡眠酩酊と呼ばれる重度の睡眠慣性(記憶なくまとまりのない言動を行う)を呈する。過眠症や睡眠相後退症候群の睡眠遷延例で起床困難を伴う際には、起立性低血圧や頭痛などの自律神経症状も多くみられる。なお体質的に年齢標準値より2時間以上長く眠る(成人では夜間睡眠10時間以上が目安)長時間睡眠者も存在するが、正常範囲とされる。

2. 睡眠を妨害する事象(睡眠の質的問題:いびきや寝相の悪さ)

 夜間睡眠が妨害される事象も睡眠障害の症状である。よく見られるのはいびき(睡眠関連呼吸障害)、寝相の悪さ、歯ぎしり(睡眠関連運動障害)である。睡眠時無呼吸症候群では睡眠中の習慣性のいびきや呼吸中断、喘ぎが生じる。観察者の報告が重要であり、本人が気づかない場合もある。主観的症状としては窒息感と中途覚醒、起床時ののどの乾燥や頭痛、日中の眠気がある。小児は覚醒閾値が高い(眠り続ける力が強い)ため無呼吸があっても眠り続ける場合が多く、胸腹部の奇異運動や胸郭の陥凹・漏斗胸が生じうる。

 寝相の悪さや歯ぎしりの多くは睡眠関連運動障害に伴う。周期性四肢運動では、睡眠中に下肢がピクピクと繰り返し動き(ミオクローヌスという筋肉の不随意運動)、布団や壁を蹴飛ばす運動が生じる。睡眠中の歯ぎしりには、歯をこすり合わせる歯ぎしり(grinding)と食いしばり(clenching)がある。これらも律動性運動として睡眠関連運動障害に分類される。観察者は歯ぎしり症状を音で確認するが、主観的症状としては朝の一過性の顎筋痛や疲労感、側頭痛、開口不能があり、歯の異常な咬耗が観察される。こむらがえりや幼児の律動性運動障害でも夜間の睡眠は妨害される。

3. 睡眠中に生じる異常行動・随伴症状(睡眠覚醒移行の問題:寝ぼけ、夢)

 睡眠と覚醒の中間的な意識状態下で望ましくない/異常な行動が生じ、感情・知覚・夢・自律神経系活動などの症状を伴うものを睡眠時随伴症と分類する。覚醒からの入眠過程や睡眠からの覚醒過程で出現し、覚醒障害、睡眠関連摂食障害、レム睡眠行動障害がその代表である。覚醒障害は小児にみられ深睡眠から突然覚醒するが周囲の刺激には反応せず、健忘を残す疾患群で、錯乱性覚醒、睡眠時遊行症、睡眠時驚愕症(恐怖で叫び声をあげ瞳孔散大・頻拍・頻呼吸・発汗などの自律神経の覚醒症状が顕著である)が分類される。睡眠関連摂食障害は睡眠時間帯に起き上がり、不随意的な摂食行動を反復するもので、異常行動中は開眼しているが記憶が残らないことが特徴である。食品以外の異物を摂取したり、調理中に怪我をする等の行動もみられる。なお睡眠時間帯の摂食行動であるが、意識的に食べ翌日記憶が残るものは夜間摂食症候群と診断される。レム睡眠行動障害は高齢者に多い夢内容の行動化で、暴力的な夢内容(見知らぬ人物や動物と対決する等)に従ってベッドパートナーに殴りかかるなどの症状で受診することが多い。異常行動後は速やかに意識清明となり行動と一致した一貫した夢内容を話すことができる。レム睡眠に関連して生じる症状として、ナルコレプシーに多い随伴症状である睡眠麻痺(金縛り)と入眠時幻覚(寝入りばなの悪夢体験)もある。入眠時幻覚では恐怖を伴う生々しい現実感(実体的意識性と呼ぶ)と特徴的な幻覚内容(枕元にお化けが立っている等の幻視、体を押し付けられる等の体感幻覚)の症状が訴えられる。また睡眠中に生じる夜尿症(睡眠時遺尿症)、尿意切迫で覚醒はするものの失禁してしまう症状、夜間頻尿も睡眠障害の症状に含まれる。

4. 覚醒中の問題

 大部分の睡眠障害は夜間睡眠障害の結果として「精神的、身体的、社会的、職業生活上、教育上、行動上、その他の重要な領域での機能障害をもたらす」という覚醒中の問題が診断基準に記述されている。例えば不眠障害では日中の疲労、倦怠感、注意集中力・記憶力の低下、イライラ、眠気、衝動性や攻撃性、意欲・気力・自発性の低下、眠ることへの不安心配などの諸症状が列挙され、小児の睡眠時無呼吸では成人と異なり眠気より多動や不機嫌・学業成績不振が中心となることが記載されている。

 一方過眠症では「耐え難い睡眠欲求やぼんやりしたり日中眠り込んでしまうことが毎日続く」という覚醒中の問題が一義的な症状となる。ナルコレプシーでは通常ではありえない状況(入試中や一対一の面接中)でも居眠りを反復、重症例では眠気を自覚する前に眠り込む睡眠発作という症状もみられる。なお過眠症状には居眠り反復(覚醒維持障害)と睡眠量の増加という2つの側面が定義されている。クライネ-レビン症候群の過眠病相期にみられる短い覚醒中には、覚醒水準の低下に伴う特異な症状がみられ、現実感喪失といった知覚変容や無欲無関心で自発的行動がなくなるアンヘドニア、摂食障害(食欲不振・過食症)、幼児返りや性的関心の亢進などの脱抑制行動が記述されている。なおナルコレプシータイプ1の特異的症状として大笑いしたり驚いたりすると生じる情動脱力発作も覚醒中の症状である。