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眠りの深さと生理機能の変化:勢井宏義

 眠りにつくとき、眠りの深さが変わるとき、そして、眠りから覚めるとき、血圧や心拍、呼吸など、生理機能は大きく変化する。生理機能は自律神経である交感神経と副交感神経のバランスを中心に調節されている。例えば血圧値は、交感神経の活動が上回ると上昇し、逆に副交感神経の活動が上回ると低下する。眠っているかどうかや眠りの深さによって生理機能が変化するということは、眠りが自律神経の活動に大きく影響することを示している。また、血圧値や心拍数が上昇するような緊張した状態ではなかなか寝付けない、という日常的な体験から、眠りと自律神経の活動とは相互に深く関わっていることがわかる。一方、私たちは体内時計を持っており、眠りも生理機能も体内時計によってコントロールされている。たとえば、体温は、眠っても眠らなくても、早朝に最も低く、夕刻から夜にかけて最も高くなるリズムを持っている。これは、体温が体内時計によって直接コントロールされていることを示している。このように、生理機能は眠りと体内時計から複雑に調節を受けているが、ここでは、眠り(以降、睡眠)に入ることによって生理機能がどう変化するかについて、まとめたい。

 まず、睡眠には、ノンレム睡眠とレム睡眠の2つの大きく異なるステージがある。さらにノンレム睡眠は、その特徴的な脳波から、3つのステージ(N1、N2、N3)に分けられる。N3は脳波に現れるデルタ波を特徴とし、深い(ノンレム)睡眠と考えられている。レム睡眠は映像を伴う夢を見るステージであり、覚醒に近い脳波、速い眼の動き、筋活動の停止の3つを特徴とする。これらの睡眠サイクルが夜間を通じて繰り返される。

 睡眠はノンレム睡眠のステージN1から始まり、N2、N3へと順次深くなっていく。覚醒中には外部からの感覚刺激、身体活動、それらに伴う情動などによって、生理機能は活発に変動する。立位を維持するだけでも、脳への血流維持のために交感神経の活動が必要とされる。睡眠をとるためにヒトはまず寝具に横になるが、それだけでも生理機能は安定し血圧値や心拍数、呼吸数などは若干低下する。ノンレム睡眠に入ると、N1からN3と深くなるにしたがって、安定性がより増し生理機能の数値も全体的に低下する。ゆっくりとしたメトロノームのような特徴を持つ「寝息」は、ノンレム睡眠に伴う生理機能の変化をよく表している。

 ノンレム睡眠N3からN1あるいはN2へといったん浅くなったのち、レム睡眠が現れる。レム睡眠では生理機能が特徴的な変動を見せる。血圧や心拍、呼吸などは、ノンレム睡眠中に見られた安定性を失い、大きく揺らぐようになる。不安定になるというよりも、血圧値や心拍数、呼吸数は活発に上下する。このような現象は実験動物であるラットやマウスでも明瞭に観察される(図)。図に見るように、一過性でスパイク状の、覚醒中よりも大きな血圧変動を示すこともある。呼吸はノンレム睡眠中よりも浅く頻回になり、しばらく止まることもある。男性では陰茎の勃起が観察され、女性でもそれに相当する現象が観察される。勃起に障害がある患者のうち心因性のものは、体が健康ならばレム睡眠中には勃起する。このような生殖器の変化は、レム睡眠に特徴的な、活性化された自律神経活動の一つの表現と言える。

図 ラットの血圧と心拍数の変動例
図 ラットの血圧と心拍数の変動例

 このように、レム睡眠中の生理機能の様子は、筋活動が止まり身体は動かない(あるいは、動けない)にも関わらず、覚醒中のそれを思い起こさせるほど活き活きとしている。レム睡眠は“逆説睡眠”とも呼ばれるが、レム睡眠での生理機能の様子はその名称がとてもフィットしているように感じる。

 最近明らかになった、レム睡眠に見られる特徴的な生理機能の一つに、脳血流の変化がある。マウスの大脳皮質にある毛細血管の様子を顕微鏡で観察した研究である(参考サイト)。毛細血管へ流入する赤血球数は、覚醒して活発に運動している時と深いノンレム睡眠中とは差はない。一方、レム睡眠中は2倍近くと大幅に増加する。このことは、レム睡眠中は脳の毛細血管の血流が活発になっていることを意味しており、大脳皮質の神経細胞は、レム睡眠中に活発に物質交換を行っていると示唆されている。

 このようなレム睡眠中の特徴的な生理機能は、どのようなメカニズムによって発現するのだろうか?夢の表現なのだろうか?睡眠に関する未知なる現象の一つである。