睡眠について

女性の睡眠障害:香坂雅子

1. はじめに

 女性に特有なあるいはよくみられる睡眠障害について、ライフステージをふまえながら紹介していきたい。女性では男性に比べて睡眠時間が短いとの疫学調査があるが、睡眠の量だけではなく質の悪化も報告されている。その背景には、月経周期、妊娠出産、更年期にみられる女性ホルモンの変動が、また仕事に加えて育児や家族の健康の心配、介護など、心理社会的な要因が存在すると考えられる。

2. 月経周期と睡眠障害

 健常女性では月経の始まる1週間(黄体後期)ほど前から、何らかの睡眠障害を自覚するとの報告が多い。また、月経前症候群や月経前不快気分障害などでは、月経前に不安や気分の波が強まるが、それとともに不眠や日中の眠気が合併することがある。実際、直腸温を用いた体温リズムを調べると、黄体後期でのみ体温の低下が乏しいことが知られており、一部では睡眠内容が変化すると報告されている。

3. 妊娠ならびに出産後にみられる睡眠障害

 妊娠中の不眠の発現は、妊娠が進むにつれ増加し、妊娠後期で最も多い。妊娠初期は悪阻、頻尿で、妊娠中期は胎動、こむらがえり等で、妊娠後期では寝返りがうてなくなるなど途中で何度も目が覚めるようになる。妊娠中に睡眠薬を使用することはないが、精神疾患を合併する場合は、比較的安全とされる向精神薬を主治医と相談して服用することもある。

 出産後、マタニティブルーに陥ると気分の不安定さや涙もろさとともに不眠が出現しやすいが、多くは数日で症状が消失するのでそれほど心配はない。ただ、マタニティブルーとの関連は明確ではないが、産後2週間から数ヶ月の間に、産後うつ病が発症することがあり、その際は治療が必要である。出産後の睡眠不足が関与しているのではないかとの報告もある。母親の睡眠について調べると、妊娠後期、産後1ヶ月、4ヶ月の女性は同年代と比べて睡眠の質が悪く、半数の母親が不眠を認めた。妊娠後期では寝つきに時間がかかり、中途覚醒も多いが、産後1カ月になると、睡眠時間が短いものの寝つきは早くなり、睡眠効率が良くなる。産後4ヶ月では、さらに睡眠時間や睡眠困難感が回復していた。また産後1ヶ月の女性においては、8割の女性に不眠が、4割に日中の眠気が認められたという調査もある。その際、不眠が日中の眠気を引き起こしているわけではなかった。「何事も完璧にしなければならないと考えず8割できたら上出来と考えるようにする」、あるいは「睡眠時間が不規則にならないようにする」などの取り組みが不眠の予防に大切であることが示唆された。

4. 妊娠ならびに出産後にみられる睡眠障害

 さまざまな睡眠に関連した疾患、たとえばむずむず脚症候群や下肢のこむら返り、閉塞性睡眠時無呼吸などがこの時期に出現しやすい。

 むずむず脚症候群は、子どもから高齢者まで幅広い年代で出現するが、性差があり女性で多く認められる。便宜的に、ここの項目で述べることとする。夜になると、足が火照ったりむずむずしたり不快な感覚が生じて、足首や足の指を動かさないではいられなくなる疾患である。自覚できる不快な感覚は、むずむずするだけではなく、痛い、疼く、痒い等いろいろである。しばしば不眠を合併するため、長年この症状が持続していても不眠症としか自覚していないこともある。検査入院中、じっとしていられず絶えず足を動かし、枕の下に両足を入れるため確認すると、「夜になると足が火照るので癖みたいなものです」、あるいはほぼ一晩中両足首が布団から出ているため、後日尋ねると「子どもの頃からずっと足が火照っています。足を出して寝ているのは知らなかった」、など自覚が乏しいことがある。また、自分の症状が体質の問題ではなく病気であることが明らかになると、病状が好転することもある。妊娠中に発症することがあり、妊娠8ヶ月後にピークとなるものの、出産1ヶ月後には改善することが多い。妊娠した際に背部の不快感でじっとしていられず、いろいろな科を受診したが診断がつかず、その後鉄欠乏が明らかとなり鉄剤の補充で症状が軽減した女性もいる。このように、脚以外の部位にも多くはないが出現することがある。時間帯としては、夕方や夜間に生じることが多いが、日中でもじっとしていると症状が強まることがある。たとえば、子どもでは授業中机に向かっているとき、大人ではデスクワーク中などである。治療薬は種々開発されているが、鉄剤の補充が奏功することもある。その際はサプリメントの服用ではなく専門医に診てもらうことが大切である。むずむず脚症候群に合併しやすい周期性四肢運動障害は、睡眠中に脚がぴくつき、跳ね上がる疾患である。このため夜中に目覚めてしまい、不眠症として治療されることがある。自覚症状が不眠ではなく、日中の耐え難い眠気のこともある。いずれにしても睡眠ポリグラフ検査などで明らかにすることができる。このような睡眠中の脚のぴくつきが血圧や心拍数を急増させ、心血管疾患を発症しやすくするとの報告もある。

 また、妊娠中にいびきが増えることが経験的に知られている。エストロゲン、プロゲステロンの値は高くなるが、肺の圧迫や体重増加・水分の貯留で上気道の虚脱がおきやすく、窒息感により目が覚めやすくなる。妊娠中期では8.1%に閉塞性睡眠時無呼吸が認められ、高血圧と糖尿病のリスクが高まるともいわれている。

5. 更年期と睡眠障害

 更年期とは、閉経前後の5年間に相当する時期であるが、卵巣ホルモンの急激な変化にともない、ほてりや発汗が生じ、特に夜間は寝汗のため頻回に目が覚めるようになる。多くは数ヶ月ないしは数年で消失する。なお、この年代はうつ病の好発時期でもあり、心理社会的ストレスが多い時期でもある。日中にも精神機能が低下するようであれば、受診することが望ましい。うつ病は初期の症状が不眠で始まることもあり、適切な抗うつ剤の治療で不眠も改善していく。

 なお、妊娠のところでも述べたように、女性ホルモンには呼吸保護作用があるものの、閉経によりホルモンが低下するため閉塞性睡眠時無呼吸が発症しやすくなる。自覚症状としては、男性に比べて女性では眠気やいびき・無呼吸などが少なく、不眠・疲労感・睡眠の質の低下などが中心となりやすい。無呼吸や低呼吸がなくとも上気道の抵抗が上昇するイベントが頻回におこり、夜中に何度も覚醒しやすい。そのため不眠を主訴に受診する形となりやすい。また、女性ではレム睡眠での無呼吸・低呼吸が多く、検査上はそれほど数値が悪くなくても症状が重いことがある。重症の場合、未治療のままでいると心血管障害による死亡率が高まるとされている。

6. おわりに

 女性が、それぞれのライフステージにおいて、健康を保つためのいろいろな知識を確保できるようにすることは重要である。その際、睡眠は非常にわかりやすい指標と考えられる。いつもと違う睡眠には注意を払い、適切な情報を収集してセルフチェックしていただきたい。そして気軽に専門家に相談されることを勧めたい。

参考 本間裕士:女性と不眠、不眠の科学。井上雄一・岡島義 編集。朝倉書店。